宣誓〜ロイveract.5
あの後、どうする事も出来ずに執務室に戻ると中尉に軟禁されてしまった。 「これが出来るまでは席を外されては困りますので」 そう言って部屋に留まる中尉に言い知れぬ恐怖を感じると、逆らわずに書類へと手をつけた。 ハボックは戻ってきておらず、自分がずっと缶詰にされている間も戻ってきた気配はなかった。その事実が、彼を傷つけた証拠として己に突きつけられているような錯覚を覚える。実際は突きつけられた訳ではないが、あの時すぐに追い駆けられなかった不甲斐ない自分を責めずにはいられなかった。 いつも自分を気遣ってくれるやさしい部下を、自分の気持ちに気付かれたくないと言うエゴで傷つけた。 あんな顔…させたのは私だ。護衛からしたら、理由はどうであれ自分が襲われて心配するのは当たり前なのに。 あんな事件があっても上司として自分を慕ってくれる気持ちは変わらなかったんだな。本当に…そんなところがあいつらしい…。 自分は見限られていたわけじゃなかった事を嬉しく思いながら、心配してくれていた彼に対してとった行動を思い出して居た堪れなくなる。 今いる部下を…軍ではなく自分に付き従ってくれる部下達を、侮辱するような疑いを少しでも持った自分を恥じた。 自分勝手な想いだけで行動する自分を軽蔑した。 (あいつには選ぶ権利がある…事自分に付いて来させるなら尚更だ) 意を決すると、きっと扉を睨んで勢いよく立ち上がった。仕事だけに集中していなかったから思ったより時間が掛かってしまったがようやく今日の分は終わった。 「全部やり終えたぞ、中尉。もう行ってもいいだろう?」 切羽詰った様に言う上司に、ホークアイはパチパチと目を瞬かせると気遣うように言った。 「今度からは余り悩み事を溜め込まないようにお願いします。僭越ながらお話を伺う位は出来ますので…」 「そ…んなに分かり易いかね…私は…」 悩んでいた事は愚か、解決させるべくした決心にすら気付いている様子の副官に、口の端に張り付いた笑みを引きつらせながらそう言うと呆れたように返される。 「いえ…とても分かりにくいです。だから悩む者もいるのでしょう」 溜息混じりに言われた台詞に、疑問の表情を浮かべた。 「そう言えば、大佐の捕獲を命じたハボック少尉が今現在脱走中です。行き先に心当たりがあれば伝言をお願いしたいのですが…」 「私が上司だって分かっているか、君…」 「上司だからではなくマスタングという人間に頼みたい気分なんです」 諦めて頼みを聞いてください、と言うホークアイに、君には敵わないよ。と言って手を上げた。 ハボックの行きそうな所が分かっている訳ではなかった。しかし普段自分のサボりをことあるごとに探し当てるハボックが今サボりを決行しているのなら、いつも自分がサボりに使っている場所のどこかにいるだろうと当たりをつける。 そしてタバコを吸える場所となると一番いい場所は… そぅっと覗いた屋上に、見慣れた後姿を確認して己の勘の良さに感謝する。 風に煙を流しながら背中を丸めて遠くを眺めている姿は、近づく事を躊躇わせる程背景に溶け込んでいて。夕日に照らされてセピア色に染まるハボックの寂しそうな背中は哀愁に満ちていた。 どう切り出そうか、となんとなく気配を殺して屋上に出る。 自分に気付いた様子はなく、タバコの煙が消えたと思ったら丸まっていた背中を更に丸めて前のめりに凭れていた柵に突っ伏してしまった。 「少尉」 遠慮がちに呼びかけるとビクッと身を翻して振り向いた。 その驚いた様な顔が次に呆れ顔になった。私がサボりに来たとでも思ったんだろうか。そう考えて少しむっとしながら返事をしないハボックに今度は名前を呼んだ。 「・・・ハボック」 「今度は俺が探されてるんですか?」 言い終わるか終わらないかと言うところで、いつもの口調なのに、しかしどこか緊張したような声でハボックが返してきた。顔を背けられてしまった為その表情は分からない。 そしてそれに返事をしなくては、と思って口を開いたが、声を発する前にハボックに先を越されてしまった。 「わざわざあんたが来るなんて、俺ってば愛されちゃってますね〜」 わざとそんな口を利いてるなんて、言われなくても分かってしまって胸が締め付けられた。 なんとかしたいのに声が出せない。全部話そうと決心してここに来たはずなのに。 (自分は今呼吸できているのだろうか? なぜ言葉が出てこないんだ) 言う事を利かない体に歯噛みしながら、きっ、とハボックを見直す。 「でも大佐も仕事溜まってましたよね、戻りましょっか」 そう言って振り向こうとするハボックに、思わず走り寄って抱きついてしまった。 「!」 勢いよく抱きついたので柵がなかったら倒れこんでいたかもしれない。マスタングを抱きとめた反動で強く背中を打ちつけてハボックがわずかな呻きをこぼす。 彼が慌てているのが分かる。しかし自分もこんな行動を取ってしまって驚いていた。 「ちょっ・・・大佐!?」 ハボックの声が、耳に押し当てた胸から直接振動して聞こえた。 (暖かい) こんな時だと言うのについ我を忘れて更にぎゅうっと抱きしめて、ゆっくりと瞳を閉じる。 そんなマスタングの様子を知ってか知らずか、ハボックは肩にそっと手を添えると優しい声で気遣わし気に聞いてきた。 「大佐・・・?どうしたんです?」 その声にハッと我に返る。引き剥がされるかと思ったハボックの手は、自分を支えるように肩に添えられて。その掌からまたじんわりと温もりが伝わってくる。 その温もりを少しも逃したくないと思いながら、ハボックの胸に額を擦りつけながらようやく一言。 「・・・すまん」 抱きついた事に? 傷つけたことに? 自分で言っておいて何に対しての謝罪だ、と無意識に自分を非難した。 「何・・・」 「あんな顔させるつもりはなかったんだ。・・・八つ当たりしてたんだ。すまなかった」 ハボックと言葉がかぶったが、やっと出てきた言葉をとめられずに最後まで言って言葉を切る。 沈黙がしばし空間を支配した。 ハボックがどんな顔をしているのか不安になって顔を上げると、片眉を吊り上げて顰めっ面をして自分を見つめていた。 その顔にようやく自分がまだハボックに抱きついたままだったと気付き、腕の力を抜いて一歩離れた。 「大佐、もしかして事件の・・・?あ・・・でもその前からですよね?・・・・・どうして?」 責めるでもなくされる質問に、何から話せばいいだろうか…と思案する。 今から本格的にこいつから軽蔑されるかもしれない。 改めてそう思うと苦しくなった。 この期に及んでハボックに対する気持ちを、言葉を使って伝える事に躊躇って。つい結論から言ってしまった。 「軽蔑してくれて構わない。私の下で働きたくないなら行きたい所へ飛ばしてやる」 「俺が?どうして軽蔑を?襲われたのは不慮の事故でしょ?あんたが俺を軽蔑してる・・・んじゃなくて・・・?」 「・・・?どうして私がお前を軽蔑するんだ?」 事件から考えが離れないらしいハボックから聞かされた台詞に分からないと言う顔をしていると、同じく分からない、と言う顔をされる。 会話がかみ合わない事に小首を傾げながら考えて、もう一度決心する。 分からない事は取り合えず置いておくとして、やはり気持ちを己の口から伝えなくては始まらないと思った。 震える喉で深呼吸をして、ハボックの澄んだ空のような瞳を見据えた。 考えを巡らせていたハボックは不思議そうに自分を見返してきた。その真っ直ぐな瞳をキレイだ、と思いながらようやく口を開く。 「お前が好きだ」 目を見開いて、驚いたように口がだらしなく半開きになったハボックを、内心小突きたいほどの愛しさを覚えながら目を逸らせた。 まさか男から、しかも私からこんな告白を受けるなんて思ってもいなかったのだからそりゃ驚くよな、と思いながら、好きだと言い終えて少し緊張が解けたのだろう。やっと普通に話せるようになった。 「お前の女好きは知っている。お前に世話を焼かれるようになって暫くしたら自分の気持ちに気付いたんだ。 自分でも驚いたけどどうしてもこの気持ちは大きくなっていって・・・このままじゃいつかお前にばれてしまうと・・・。 気付かれたくなくて自然と避けていた。情けないよな、この私が」 言葉にして見ると情けないと言うより寧ろ滑稽に思えて、己を罵る様にはっと笑った。 そして何も言わないハボックに視線を戻すと、先程と同じ顔をしてまだ自分を見ていた。 (口くらい閉じろ) 苦笑しながらそう思ったが口には出さなかった。 ハボックの隣から柵の向こうに視線を泳がせながら大きく息を吸った。 「私だってお前以外の男に言い寄られたら寒気がするんだ、何も望んでいない。安心したまえ。 病院送りにした男がいい例だろう?」 恐らく本人は自分が上官だから対応に困っているのかもしれないと思い、それが杞憂である事を教えてやった。 やはり想いが通じる事はないか、と心の中で独り言を言うと、この後どこかへ行ってしまうかもしれない男を思って言いしれない虚無感を感じた。 やはり言わなければよかっただろうか、と。 しかし言わなければあんな傷ついた顔を、あと何度この優しい男にさせるのかと思うと苦しくなった。 自分の気持ちを隠して説明出来たならそうしたかも知れない。急によそよそしくなったら誰だって訝しむ。プライベートでも上司である自分の世話を焼くような奴だ、自分がハボックに嫌われていなかった事だけは確かだった。 (だからこそあんなに顔を歪めた) マスタングは資料室でのハボックを思い出して目を閉じながら眉間に皺を寄せた。 未だ何も言わないハボックの視線を感じて顔を見上げた。 ゆっくりとした動作で自分の肩に手が置かれると、そのまま抱き寄せられた。 「ハっ・・・」 名前を呼ぼうとしたが抱き寄せられた腕の力が思いの他強くて息が詰まった。 抱きしめられた事実を夢の様に遠くに感じながらされるままにされていると、ようやくハボックが声を発した。 「好きです。大佐。嘘じゃないんですよね?…大佐も俺のことを…」 掠れるほど小さく耳元で呟かれて心臓が大きく跳ねた。 (ハボックに鼓動が伝わってしまったかもしれない。 いや、そうじゃない。今考えなくちゃいけないのはそうじゃなくて… 上官だから話を合わせているのか? それとも実は中尉や他のみんながどこかに隠れているとか…ドッキリ!? 罠なのか!!?) 自分に都合のいい返事が返ってきて、軽蔑されると思っていたのに拍子抜けして変な結論に向かっていく思考をなんとか軌道修正しようとするが思うようにいかない。 腕の力が和らいで顔を覗き込まれる。 きっと今自分は随分マヌケな顔をしてこいつを見ている。 分かってるが微動だに出来ない。 「大佐?」 「今日は何月何日だ?」 「・・・もうすぐ冬ですよ」 エイプリルフールなど唐に過ぎているのは知っているのに下らない考えはそこまでいってしまった。 そんな自分の脳内などお見通しなのか、ぷっと吹き出して笑いながらそう言うハボックに見惚れているとさっきの様にぎゅっと抱き寄せられた。 (本気なのか?女好きのこいつも…男である私を好きだって?) 信じられない思いに目を丸くしていると熱い息が耳を掠めてピクリと反応する。 「信じられないです。…すっげー嬉しいっす」 囁くように告げられた言葉に、喉の奥が熱くなって涙が零れそうになった。 しがみつく様に背中に腕を回すと、そこからもハボックの温もりを感じて。心がじーんとしたもので満たされていくのが分かる。 寄せた想いに同じ意味で想いを返された事を噛み締めながら、今更抱き合っている事が恥ずかしくなってきた。 一向に放そうとしないハボックの背中を、ポンポンと叩いて暗に放せと促す。 しかし腕を緩めるだけで体を離そうとしない事を嬉しいと思いながら、照れてまともに顔を見れずに胸元をじっと見ていた。 僅かな間があり、髪の上から額に唇の感触。 「大佐。俺だけを見つめててください。…ずっと…」 こいつ。どうしてそんな甘言を吐くんだ。 柄にもなく照れてリード出来ない事を悔しく感じて、ふてくされながらつい憎まれ口を叩いてしまう。 「お前がそうさせればいいんだ」 「・・・Yes, sir」 回されていた腕はいつの間にか大きな手で包み込むように頬に宛てられていた。 ゆっくり、促されるままに上を向くと真摯な眼差しと視線がぶつかった。 (あぁ…あの時と同じ目だ。 私について来ると言ったあの時と…) もちろんです、と囁きながら寄せてくる唇を、軽く目を閉じながら受け入れる。 触れるだけの優しいキスを、なんだかぎこちなく感じてゆっくりどちらからともなく離すと、ハボックは額をこつんとつけながら目を閉じたまま笑った。 「誓いのキスです」 静かに宣誓をされて、愛しさに眩暈がした。 歪んでぼやける視界を勿体無いと思いながら目を細めた。 どうか目を逸らさせないで どうか目を離さないで どうか当たり前のように側に… 口に出せずに胸の奥で願いを唱える。 もう二度とあんな顔はさせない もう二度とお前を避けない もう二度と…絶対に… 己の宣誓をやはり胸中で唱えて、そうして誓った。 もう、己の気持ちから逃げない。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!! 長かったなぁ・・・なんだかw それにしてもこんな乙女二人はありえないなorz そんなありえない二人の数分後をおまけに書いてみたので興味があれば覗いてみてください^^;