宣誓〜ロイver

act.3


(なんだろう・・・体が重い・・・)

覚醒していない頭で身体に感じる重圧に眉を顰める。寝返りをうちたいのに身体が動かせない。
身動き出来ない苦しさにうー、と唸りながらゆっくり目を開くと見慣れない顔がマスタングの頭を両手で挟み込み、圧し掛かるようにして覗きこんでいた。
余りにびっくりして目をパッチリと見開くと一瞬固まってしまった。

「・・・大佐・・・!」

切羽詰ったようにそう言うと、圧し掛かっていた男はマスタングに噛み付くようにキスをしてきた。
余りに突然の出来事にワタワタとその男の脇の下で手を動かした。

「っう・・・!ん!・・・っ!」

頭を固定されていて顔を逸らせない。腰から上は圧し掛かられていて身動き出来ない。とっさに動かそうとする上半身がいう事を利かない状況に一瞬パニックになる。

(苦しい・・・っ)

少しでも力を抜けば進入してきそうな舌に、息をしたいのに口を開ける事が出来ない。
鼻呼吸だけではパニックの為酸素が足りないその状況に、相手の舌の動きに全身の肌を粟立たせながらやっと自分と相手の体制を頭の中で確認した。
片手が頭から外され、腰の辺りを触られて悪寒が走る。 相手が息をつく瞬間を見逃さず、油断した一瞬を狙って相手の米神に渾身の一撃を放つ。

うぅっと呻く男の襟首を引っ掴むと寝転んだままの体制で自分から引っぺがした。男はそれに手を突いて堪えるとマスタングの肩に手を突き、尚も押し倒そうとしてくる。腹筋を使って自分と男の身体の間に膝を滑り込ませると、それ以上自分に近付けない様に距離を作る。そうして男の胸倉を掴むと、上に引き上げるように力を入れながら尻をもう片方の足で思い切り蹴り上げた。
マスタングの頭の上にあった木に勢いよく顔面をぶつけ、呻きながらマスタングの上にダウンした。
今度こそ男を自分から引き剥がすと、起き上がって男を蹴りつけようとしたが足にすがり付いてきたので、力任せに引きずり上げてかわりにアッパーをお見舞いした。

膝を着くように力の抜けた男の身体を、もう一度胸倉を掴んで踏み止まらせる。振りかぶって思い切り相手の左頬を殴りつけた。気持ちのイイほど吹っ飛ばされた男の腹を、わざわざ追いかけていって怒りに任せて思い切り蹴飛ばしてやる。
まだわずかに意識のあるらしい男に、ズボンのポケットから発火布を出して素早く装着すると迷うことなく指を擦り合わせた。

ドンッ!!!

勢いよく焔が男を包み、身に纏っていたものを燃やす。身悶える男に、死んでもらっても困るか…と、手を掲げて焔を消してやった。ようやく動かなくなった男に、触れれば切り裂かれるような物騒なオーラを放ちながら侮蔑に塗れた顔で見下ろした。

爆発音に人集りが出来、怒りを顕わにする当司令部のナンバー2に誰も話しかけられずに遠巻きにしている。
見張り要人の憲兵ですらある一定の距離から自分に近づいてこない。しかし燃やし足りないマスタングは話しかけた相手すら攻撃してきそうな様子で微動だにしない。
怒りで周りの騒音が耳に入ってきていなかった。

「大佐、一体何事ですか?」

驚きと呆れを入り混ぜたような表情で聞きなれた声が己に問いかける。その声にようやく周囲の声が耳に届き始めた。

男を睨み続けながら怒気を孕んだ低い声で憲兵に命令する。

「その男を連行しろ!!」

びくっとしながら「はっ!」と敬礼をすると伸びている男を引きずるようにして連れていった。

「容疑はなんです?まさか暗殺ではないでしょう?」

暗殺をするには適さない状況に首をかしげながら聞いてくるハボックに、寝込みを襲われたとは言え、暗殺ではなく、男に別の意味で襲われたなどと言えず、忌々しげに唇を噛んだ。

「・・・会議の時間になったら部屋に呼びに来い。それまで仮眠をとる」
「・・・」

情けない顔を見られたくなくて下を向きながらそれだけを言うと自分の執務室の方へと足音も荒く去っていった。



先程の男の容疑を確認する電話が執務室に鳴り響いた。
怒りが再び露になる。
上官を侮辱した下衆野郎だ、と静かに凄んで言い放つと、憲兵は慌ててYes, sir! と言い電話が切られた。
勝手に切れた電話に、苛立ちを隠さず乱暴に受話器を置いた。
部屋に来る前に皮が剥ける程洗った唇に手を当てて机に手を突くと泣きそうになった。
何も言わなかったハボックがどんな顔をして自分を見ていたかと思うと、ひどく情けない。
返り討ちにしたとは言え、どんな意味合いで襲われたかを知られるのが怖かった。
自分の怒り様と、上官侮辱。二つを結びつければ自ずと答えは導き出されるだろう。
あの青い澄んだ空の様な瞳が、自分を汚らわしい物を見るように見てきたら・・・。

「・・・襲われた事なんて初めてじゃない・・・いつものように痛めつけたじゃないか」

自分を慰めるように呟く。
そうとも。士官学校にいる時から自分を慰み者にしようとする輩はいくらでもいた。しかしそれを易々と許すほど自分はお人よしではなかった。ヒューズと共に、再起不能にしてやった。今回の男だって、二度と近寄りたいなどと思わない程の恐怖を叩きつけた。
ソファにどさりと横たわると、嫌なものを振り切るように硬く目を閉じた。



「大佐、起きてください」

肩が揺さぶられる。聞きなれた声にうーんと寝返りを打つと、いつの間にか眠ってしまっていた自分にハッと目を開く。そのまま、起きる起きると上ごとの様に言い、四つん這いになりながら身体を起こす。 立ち上がった自分の肩に、脱いであった上着を掛けられ、身体を伸ばしながらコーヒーを入れて来いと言うと、ハボックの返事を待たずにそそくさと部屋を出た。
冷たい水で顔を洗い、会議に行く為の顔を作る。あんな出来事なんでもないと周りに思わせなければならない。あそこまで怒り狂ってしまった後の為、その演技は難度を増してしまったが演じきってやる。
気合を入れるとハボックの待つ執務室に戻った。



会議室に赴くマスタングに無言でついて来るハボックを気にしないように廊下を歩く。扉の前で書類を受け取ると、やはり無言で部屋の中へと入った。
自分の為に用意された場所に腰を降ろすと、下らない会議が始まり詰まらない日常が戻ってくるのを感じた。
知らず安堵の息を漏らし、会の進行役をぼんやり眺めながら時間が過ぎていくのを他人事の様に感じていた。
(あの顔は恐らく何があったか分かったんだろうな・・・)

普段のハボックと比べると、彼に似合わない神妙な眼差しで自分を見送るハボックを思い出してひどく打ちひしがれる。同性に性の対象として誰かの目に映った自分を軽蔑しただろうか。自分について行くと真摯に告げたその瞳で、不甲斐ない自分を見ていたと思うと鼻の奥がじんとして目頭が熱くなった。
護衛官として命を懸けて守っている男がこんな情けない失態を晒すなんて、と脱力している姿を想像すると胸が苦しくなった。
自分がハボックに抱いている感情が、恐らく今日の自分の様に身の毛の弥立つ思いに彼を駆らせるのだろうと思うと消えてしまいたい気持ちで一杯になる。

そんな事をずぅっと考えていると、いつの間にか会議の終了が告げられ、周りが席を立ち始めた。
その場にいた誰にも事件の事を言われなかったのは、この会議が東方司令部内のみの人材で開かれたものだからだろう。殆ど口を出してこない将軍を除けば、実質のトップはマスタングなのだ。その彼が怒り狂ったと噂されては誰もその話題を口に出せないのは当然だ。
ぐちぐちと何も聞かれなかった事に内心ホッとしながら、ハボックの目の前に自身を晒すのが怖くて自然腰が重くなった。しかし出て行かない訳にもいかず、のそりと立ち上がると部屋を出て行く波に身を委ねた。

部屋を出るとすぐに自分を見つけてハボックが近づいてきた。すぐに車を回しますと言われて、やっと帰れる、と今日何度目になるか分からないため息を吐いた。



「今日は大変な目に合いましたね。憲兵に聞いたんですが、営倉に入るのは2,3日後らしいです。あんたも派手にやりましたね」

家へと向かう車の中でハボックが不自然な程自然な様子で今日あった司令部内の事件について話しかけてきた。こいつの事だ、憲兵にでも容疑を聞いたのだろう、と隠せない事実に諦めて、目を閉じた。
昼間の屈辱に怒りが再び沸き起こる。

「あの程度で済んだのは奇跡だな、本来なら消し炭にしてやるところだ」

隠すことなく語気を荒げて吐き捨てるように言った。
触らぬ神に祟りなしとでも思ったのだろう、それ以上何も言わないハボックに、八つ当たりをした事を悪いと思いながら、しかし自分から謝るのも変に思えてマスタングも黙りこくってしまった。気まずい沈黙に耐えられなくなる頃、ようやく家へと到着した。

「明日の朝は俺が迎えに来るんでお願いしますね」

わざと明るく振舞うように言うハボックに、無理して普通を装うなと言ってやりたいのをぐっと堪え、眉間に寄った皺を見られない様に、前を向いたままご苦労、と言うと隠れるようにドアを閉めた。
足を踏み鳴らして寝室に向かう。

「…くそ!忌々しい!!」

コートを荒々しく脱ぐとバシッとその辺に力任せに投げつけた。それでもイライラは収まらず、顔に爪を立てて両手で覆うと仰向けにベッドに身を投げた。

(最悪だ)

どうして好きだと気付いた途端に…どうしてこんなタイミングで襲われなくちゃいけないんだ!おかげで余計にハボックを意識してしまってかなり不自然だった気がする。
自分の気持ちがばれない様に行動するつもりだったのに。
『普通』に接する予定だったのに…!
そうしながら、避けている自分に特に傷付いた様子ではないハボックに、少しどころではなく傷付いている自分がいる。
矛盾する考えに苦しくなってくる。
明日からは普通に…!いや…ここはやはり彼を自然に遠ざけるのが、自分の想いに気付かれない為には一番いい方法かもしれない。

(情けない…)

消極的な考え。一人きりという状況に、堪えきれずに涙が溢れた。

「…っ」

過ぎた事を悔やんでも仕方がないとは思っても、今日あった出来事への怒りと、自分に対する嫌悪感に情けなさも加わり、後から後から涙が零れた。

2<<          >>4