宣誓〜ハボver

act.4


あれから1週間は過ぎただろうか。ハボックは日に日に下降していく気持ちをどうする事も出来ずにいた。
それと言うのもマスタングとすれ違ってばかりいて、感じている違和感について聞き出せないでいるからだった。
ホークアイに今日の帰りの護衛を頼まれているハボックは今日こそ問いただしてやる!!と半ばやけっぱちになっていた。
しかし神様はとことんハボックを見放してしまったのか、マスタングは市内巡回に向かう前にハボックにこう言ってきた。

「ハボック少尉、今日は用事があるのでこのまま直帰する。よって帰りの護衛はいらない」
「はぁ、でも視察はついて行きますからね」
「もちろんだ。視察はホークアイ中尉も一緒に来たまえ」
「Yes, sir」

自席でペンを走らせていたホークアイが顔を上げてマスタングに手だけで敬礼をする。
中尉が来るのでは変な事を聞くわけにも行かず、ハボックは内心舌打ちをした。



悪戯に時だけが過ぎていく。
もう何週間マスタングと仕事以外の会話をしていないだろう。
イライラと喫煙スペースの椅子に腰を下ろすと、タバコに火をつけた。
ゆっくりと立ち上っていく煙を見ながら眉根を寄せてそのまま背もたれにもたれ掛かる。壁に天頂をこすり付けながら今にも泣き出しそうな気持ちにぎゅっと目を瞑った。

(わざとかなぁ?そうじゃなきゃこんなに仕事の事しか話さないなんて今までなかったもんな・・・)
違和感の正体。おかしいと思った時から、マスタングは一度もまともにハボックを見ない。目を故意に逸らしているとしか考えられなかった。
そんな余所余所しい上官に、仕事以外の話題を振るなんてとてもじゃないが出来ない。
食事を作ってやるなんてもっての他だ。

おかげでマスタングとの触れ合いがなくて、只でさえ凹んでいる気持ちは加速し続けるばかりだった。
タバコを吸うでもなく大きく息を吸うと、体を起こしながら息を吐いた。

「少尉、悩み事?」
「おわっ!いつからそこに!!?」

普段こんなところで見ない顔に盛大に驚く。その様子に少しびっくりして目を見開くと、プッと噴出して笑われた。

「相当梃子摺る悩みのようね」

クスクスと笑われて悩みがある事を断定されてしまった事に慌てて弁解しようとしたが、中尉には通用しないかと諦めた。 ホークアイは実に洞察力に優れているのだ。女性ならではの感性なのだろうか、その名に相応しい眼力を、銃を持っていない時でさえ発揮する。
軍人らしく、女性である事に甘んじない人なのでこんな事を言えば恐らくただでは済まないし、ハボック自身、上司である彼女の事を性別を抜きにして尊敬している為絶対に口にはしないが。

「俺ってポーカーフェイス出来ないみたいです・・・」

力なくそう言うと、あら、そこがいいんじゃなくて?と優しく笑いかけられた。

「ブレダ少尉もあなたに元気がなくて気になってるみたいだし、早く解決するように頑張ってちょうだいね」
「え・・・ブレダが何か言ってたんですか?」
「いいえ、最近時々心配そうにあなたを見る時があったから彼も心配してるんだと思って。相談したんじゃなかったの?」
「はい、あ、いえ・・・その」

もごもごと歯切れ悪く答えるハボックに苦笑しながら、ホークアイはハボックの頭をポンポンとなでてじゃぁね、と去っていった。

「敵わねーなぁ」

ホークアイの優しさに、ささくれ立っていた気持ちがほんの少し癒される。ブレダもあれからずっと気にしてくれていたのかと思うとなんだかくすぐったい気持ちになった。
へへっと笑いながら、たったこれだけで浮上し始めた気持ちに単純だなぁなどと思いながら、それでも笑顔の戻ってきた自分にうれしくなった。



デスクワークに戻ると、一足先に戻っていたホークアイが待ち構えていたように振り返った。

「少尉、申し訳ないけどデスクワークの前に大佐を捕獲してきてちょうだい」

ここのところおとなしかったから油断していたわ。
そういって愛銃をホルスターから抜く。
先程とは似ても似つかぬオーラを纏い、獲物を逃さぬ眼差しで命令される。ハボックはびしっと敬礼をするとYes, mum!!と叫んで逃げるように部屋を後にした。

さて、どこから探そう?今日は暖かいし、外かもしれないなと思いながらそれでも足は資料室へと向いていた。
襲われたのはそんなに前の出来事ではないのだ、まさか同じ場所で眠りこける事はしないだろう。
資料室は司令部の奥まった場所に存在するので人の出入りも少なく、居眠りするには持って来いの場所だった。
部屋に入ると一番奥のソファの置いてある所へと向かう。
本棚を曲がると、すうすうと寝息を立てる上司を発見した。どうやら資料を探しに来たには違いないようだ。ソファの下に数冊、そして胸には読みながら寝てしまったのだろう開いたままの本が一冊。

(こんな格好で読むから寝ちまうんだよ・・・)

呆れたように軽く溜息をつくと、マスタングの足元に腰を降ろす。暖かな日差しと穏やかな風が窓から降り注いでいる。まさに絶好の昼寝日和だ。
最近マスタングが残業をしている姿をよく見かけていたハボックは、疲れているんだろうなと思いながら先程のホークアイを思い出して背筋を凍らせた。
寝かせておいてやりたいのは山々だが後で文句をつけてくるマスタングが容易に想像出来、叩き起こす事にする。
起きてくださいと声を掛けようとした瞬間、頭を狙ったように蹴りが飛んできた。
すんでのところでそれを受け止めると無意識に敵を押さえつけるようにマスタングを拘束した。
全身を強張らせ、張り詰めたような空気を発する相手に驚きながら、それでも彼を安心させるように優しく話しかけた。

「落ち着いてください、俺です」
「・・・ハボック・・・」

額にうっすらと冷や汗を掻きながら荒い息を整えるように静かに名を呼ばれた。その様子に、改めてマスタングが暴漢に襲われたという事実を突きつけられた。
体から力が抜けた事を確認すると拘束を解く。

「嫌な夢でもみたんですか?」

あえて事件の事なんて思い出してないように言葉を選んで声をかけると、腕を引いて体を起こしてやった。
マスタングは蹴りを飛ばしてきたとは思えないほど何事もなかったかのように無言で居住まいを整えると、本を戻しておけと言い捨ててソファから立ち上がろうとした。

「待ってくださいよ!」

謝らない事なんてどうでもよかった。しかしその余りの態度にハボックはマスタングの腕を掴み、ソファへと引き戻した。

「・・・手を離したまえ少尉」
「嫌です」

逃すまいと掌に力を込める。

「命令に背くのか?」

上官命令と言われてピクリと身動ぎをしたハボックに、はーっと息を吐き出しながら、逃げないから離したまえと言うマスタングをじっと見つめた。

「痛いんだ少尉。痕が残るじゃないか」

苦痛からだろう、顔を顰めながら腕を大きく振りハボックの手を払った。
腕を擦りながら俯いてしまった大佐を思わず睨みつける。

嫌な沈黙が支配する中、重たい空気にそのまま口を閉ざし続ける相手に、ついに我慢出来なくなってハボックが詰め寄った。

「どうしてそっち向いてんですか?」
「・・・別に理由などないさ」
「理由がないならこっちを見てください」
「こちらを向いている理由はないが、そちらを向く理由もないだろう?」
「嘘ですね」

きっぱりと言い切るハボックにマスタングは額に手を当てた。

「お前が来たという事は中尉が呼んでいるんだろう?」

悪まで質問に答えずに尚も立ち上がろうとするマスタングにハボックも立ち上がり、部屋の出入り口までの通路に立ち塞がる。
むっとした様子で退きたまえと言うマスタングは、それでもハボックの顔を見ようとしなかった。
ギリ、と唇を噛み締めて、ついに痺れを切らしたハボックは単刀直入にきりだした。

「なぜ俺と目を合わせないんです」

自分で思ったよりも悲しみからの苛立ちは大きかったようだ。低く凄んだ様な声になっていた。
その声にピクリとマスタングの肩が揺れたようだった。

「・・・気のせいだろう。被害妄想じゃないのか」

そういいながら未だにハボックから視線を逸らしているマスタングにやりきれない怒りが思考を支配する。

「違う!もう何週間も仕事上の会話しかしてないじゃないですか!今だって俺を避けるような態度で・・・被害妄想だって言うならどうして今でも目を逸らしてるんです!?」

泣き出しそうになるのを堪えて声を絞り出した。その声が微かに震えている事に、思わずといった風にマスタングが顔を上げた。
しかしようやく目が合ったかと思えば、しまったという顔ですぐさま逸らされてしまった。
その一連の行動にひどく傷ついた。

(ここまで徹底的に避けられるなんて・・・)

どうすればいいかなんてわからなかった。つい逃げるように立ち上がろうとしたマスタングの腕を掴んでしまったのだ。
決壊寸前だった気持ちは、一度漏れ出してしまえばとまらなかった。
ただそれだけだ。

重い沈黙にお互い居た堪れなくなってくる。
しかしそれでも何も言い返して来ないマスタングにそれ以上詰め寄る言葉を失ってしまったハボックは、だらりと項垂れてマスタングに背を向けると何も言わずに部屋から出て行った。

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