宣誓〜ハボver

act.3


翌日、早朝訓練から戻ってみるとホークアイに今日の午後の会議から大佐の護衛をするよう言われた。

「会議が終わるのが定時となるはずだから家まで車で送ってちょうだい。車は軍に返さなくていいから次の日の朝の迎えも頼むわよ。」

そう言って司令室からブラックハヤテ号を伴って出て行く姿を軽い敬礼と共に見送った。
そっか、中尉は昨日遅番だったもんな。 そう一人ごちて、午後から護衛をする事になったマスタングの事に考えを馳せた。今日はまだ顔を合わせていない上官殿は本日も機嫌が悪いだろうか?聞きたい事があるんだ…。昨日から気になっている事が。
タバコを取り出しいつものように銜えると、護衛をしている時に聞けるかな、と思い昼食を取りに食堂に向かった。
途中小隊の連中に会い、一緒にランチを食べているとどこかで爆発音が鳴り響いた。

「何だ!?テロか!?」
「真昼間から!!?そんな・・・!」
「この建物ではなさそうだな」
「外・・・中庭じゃないのか!?」

口々に驚きを声に出して皆がざわめきだった為、食堂は騒然となった。

「おい、何があったか見て来い!」
「Yes, sir!」

とっさに目の前にいた軍曹にそう言うと、自分は食堂を出て中庭に向かう部下とは逆の方向に走り出す。

ばんっと大きな音を立ててマスタングの執務室のドアを開けた。そこにいるはずの人影を見つける事が出来ずに舌打ちをすると、踵を返して爆発音のした方向へと急いだ。

「隊長!」

様子を見に行かせた軍曹が大きく手を振っている。その様子からテロではないようだと判断し、胸を撫で下ろした。未だ姿の見えない上官は食堂以外の場所で昼食を取っているのだろう。

「原因はなんだったんだ?」

駆け寄って行くと聞くより先に原因が分かって思わず溜息を漏らす。探していた人物を、騒ぎの中心に認めて呆れ顔で頭を掻いた。
軍曹も肩を竦めて苦笑いをしながら、自分の隣へとやってきたハボックの姿を仰ぎ見た。

「大佐、一体何事ですか?」

周囲の様子から外部からの攻撃に応戦したのではないと分かる。にもかかわらずひどく殺気立って発火布をはめたままの手を胸の前でいつでもすり合わせれるように臨戦態勢を崩さない上官に不思議そうに尋ねる。
未だ一点を睨み付けているマスタングの視線を追うと、そこには一人の男が転がっていた。

体中に煤を纏って転がっている男は、焼け残っている着衣から軍人だと分かる。殺気立っているとはいえ手加減をしたのだろう、煤だらけの割りに火傷らしい火傷は見当たらなかった。
その代わりに鼻血を流し、前歯が折れてまぬけな面をさらして伸びていた。

「その男を連行しろ!!」

イライラとそう言い放つマスタングに、憲兵が男を引きずる様にして連れて行った。

「容疑はなんです?まさか暗殺ではないでしょう?」

こんな軍敷地内の、しかも見晴らしのいい中庭。時間はと言えば人の通りも多くなる昼休みだ。暗殺するにしてももっと他の場所を選ぶはずだ。

「・・・会議の時間になったら部屋に呼びに来い。それまで仮眠をとる」
「・・・」

俯き気味にそれだけをぼそりと言うと建物内へと入って行った。
何があったのか話そうとしないその態度が気になりはしたが、マスタング自身にそれ以上追求するのをやめた。



会議まではまだ時間があったため先程連行された男の様子を見に行く事にした。一体何をやらかしたのか気になったのだ。
しかしその男は病院へと移送された後だった。どうやら顎が折れていたらしい。事情を聞きだしただろう憲兵に話を聞くと、知らず青筋立っていた自分に大丈夫ですかと怯えながら声を掛けられてハッと我に返った。

「あ・・・あぁ、すまん。そうか、じゃぁ報告書を後で提出してくれ。病院のカルテも一緒にな」

ようやくそれだけを言うとマスタングを呼びに仮眠室へと足を向けた。



「大佐、起きてください」

てっきり仮眠室で仮眠をとっていると思ったマスタングは、自分の執務室のソファで眠っていた。
あんな事があった後なのだから、よく考えてみると人の出入りのある仮眠室は確かに落ち着かないだろうと気付く。
軽く揺さぶるとすぐに、起きる起きると寝ぼけた声がした。もぞもぞと起き上がったマスタングを横目に見ながら、椅子に掛けられていた上着を着せてやった。
マスタングは盛大に欠伸をしながら伸び上がると、ここに眠気覚ましのコーヒーを持って来いといいながら部屋を出て行った。

「はい、すぐに用意しますよ・・・」

力なく、すでに閉じられた扉に向かって返事をした。そうしてノロノロと自分も部屋を出る。
果たして事件が起こったばかりだからか。はたまた自分の勘が正しいのか…。前者であってほしいと願いながら顔を曇らせた。
給湯室に行き少し濃い目のコーヒーを入れると、ホークアイに渡されていた今日の会議に必要な書類を自分の席へと取りに行った。

「おい、大佐が暴漢に襲われたってホントか?」

部屋に入ると待ってましたとばかりに肩を震わせて笑いを堪えながらブレダがハボックの肩を掴んで呼び止めた。

「・・・会議の時間があるからまた後でな」

銜えタバコをかみ締めながら眉間に皺を寄せて言う。ブレダはこんな面白いネタに笑わない親友に小首をかしげながら、おぅ、気をつけて行ってこいよと見送った。



マスタングを会議室へと送り届けると、自分はデスクワークをする為に執務室へととんぼ返りする。ドアを開けた途端にブレダやファルマン、フュリーが先程の爆発音の話に花を咲かせていた。ハボックは会話に入るでもなく、自分の席に腰をおろすと銜えていて短くなったタバコを灰皿に押し付け、新しいタバコに火をつける。

「それにしても上官を襲うとは大した奴だよな」
「確かに大佐は整った顔をしてますけど、我々から見れば普段の行いが思い出されて寝顔なんか悪戯したくなっちゃいますけどね」
「中尉みたいにヒゲでも描いてみるか?フュリー曹長」
「それで顎割られちゃたまんないですよ!」

青褪めながら手を壁のように立てて首をぶんぶんと振るフュリーに笑い声が飛ぶ。 あの人の寝込みを襲えば大丈夫とでも思ったのかねぇ?伊達に大佐の地位にいないってのにおめでたい奴だ。そう言うとようやくハボックが部屋に入ってきた事に気付き、お帰りと声を掛けられる。

「でも大佐もよっぽど頭にきたんでしょうね。だってぼこぼこに殴った後で手加減したとはいえ発火布をわざわざ嵌めて燃やしたんでしょ?」
「そこだよなー。でも誰だって野郎に圧し掛かられたら激怒するだろ。しかもあの人の女好きを考えたら・・・なぁ?」
「その手の話の絶えない人ですからねぇ。噂ならそっちの話も大佐にはあるようですが、どれもこれも出世絡みの噂ですし・・・それを口に出すのは大佐を煙たがる人間のみのただの嫌がらせにすぎないですし」
「大佐はただでさえ目立つ存在ですからねー…。今まで噂にすらなっていないような何かがあったのかもしれないですよ」
「トラウマであそこまでやったってのは確かに考えられるな」
全然話に入ってこないハボックにファルマンが声を掛ける。

「ハボック少尉、元気がないですね。どうかしたんですか?」
「あ?い、いや?どうもしてないけど」

どもりながらへらへらと笑って見せるハボックにブレダが顰めっ面をする。
フュリーが、そう言えば僕修理頼まれてたんでした、と席を立ったのを切っ掛けに皆が通常業務へと戻って行く。
ハボックも吸っていたタバコを深く吸い込むと溜息を隠すように大きく吐き出し、灰皿に捻じ込んで書類に向かった。

「おい、何があった?」

怪訝そうに隣の席からブレダに小突かれる。そんなに態度に動揺が出ているのだろうか。気付かれるわけにいかない、と無意識に緊張していたのかもしれない。

「なんだよさっきから?どうもしてないって」
「・・・お前・・・俺に隠し事出来ると思ってんのか?」

ガキの頃からホント変わんねーのな。と溜息をつかれる。

「お前が真顔でずっといる時はなんかあるって時なんだよ。いつもへらへらしてんのにそんな顔でずっといたら俺じゃなくたって何かあったのかって思うぞ」
「へらへらって・・・どうせ締まりのない顔してますよ」

話題を逸らせるようにわざと大袈裟にふてくされてソッポを向く俺に、ブレダは諦めたように溜息を吐いた。

「あんま無理すんなよ」

と背中を叩かれ、肯定も否定も出来ないまま片手を上げてひらひらと振ってそれに答えた。

(悪いなブレダ、サンキュ)

心の中で心配してくれる親友に呟く。

そう、何もない。・・・あったのは俺じゃなくて大佐だ。
ホントは怒りと悲しみに塗れている気持ちを必死に押し隠していた。ここに大佐がいない事に感謝しながら。
もしも本人が目の前にいたら、どうしたって目の届かないところに隠れたい衝動に駆られるだろう。
だって。いつか自分がしてしまう行動だったかもしれないのだ。想いが募れば募るほど、大佐を前にドキッとさせられる瞬間があった。マスタングを襲った男に怒りを顕わにしながら、その男に自分が重なるような惨めな気持ちで一杯だった。

あの時の大佐の様子と、ボコボコに返り討ちにされていた男の姿を思い出して犯行は未然に防がれたのだろうと分かっているのに。・・・中尉から大佐の事を頼まれた時にすぐ探しに行っていたら・・・。過ぎた事をごちゃごちゃ悔やんだって詮無い事だ。それだってよく分かってる。・・・分かってるのに・・・。
自虐と後悔の念で頭がどうにかなりそうだ・・・。
冷たい冷気のような怒気を孕みながら歩くあの人の後ろを、会議室までついて歩いた。

彼がもし女であったなら慰めてやりたいと思ったかもしれない。しかし如何せん彼は立派な成人男子。しかも自分など足元にも及ばない、知識と経験に富んだ人。
ハボックに一体何が言えただろうか。二人とも一言も発せず早足で歩いた。


全く、いつからだろう?あの髪に触りたいと思ったのは。

どうしてだろう?唇の動きに見とれてしまったのは。

なぜ大佐なんだろう?同じ男なのに。

なぜ。


ぐるぐると頭の中で同じ事を考えていると、いつの間にか時計は定時を指そうとしていた。向かっていた書類は大して進んでいない。あちゃーと思いながら期日を見る。
まだ大丈夫。急ぎのものだけはなんとかやり終えていた。
危ない危ないと安堵の溜息を吐いて立ち上がった。
慌てて会議室に向かうとまだ会議は終わっておらず、思わず手の甲で額の汗を拭く仕草をする。

「びびったー」

他の左官達の護衛も迎えに集まっていた。クスクスと笑いながら顔見知りの少尉に後ろからポンと肩を叩かれ、振り返る。

「ハボック少尉、そんなに焦ってどうしたんです?」
「いや、もう会議終わってたらヤバイと思ったんで」

ガシガシと頭を掻くと、大佐は待たされんのをひどく嫌うんで。と付け加えた。そうでなくとも上官を待たせるのは護衛官としてどうかと問われる事なのだが。

「あぁ、やはり手厳しい方なのですね。今日の事件、聞き及んでます。病院送りとは・・・さすがと言うべきなんでしょうか」

苦笑する少尉に、はぁ、まぁそこまでではないんですけど。と曖昧に返すと、会議室の扉が開いた。ぞろぞろと出てくる上官達に皆が散っていく。
その中にマスタングの姿を見つけ、大佐、今車回しますんでと声を掛けると、マスタングは振り向きもせずあぁ、とだけ返事をして廊下を進んでいった。
その様子に、誰にも気付かれない様にハボックは唇をかみ締めた。



「今日は大変な目に合いましたね。憲兵に聞いたんですが、営倉に入るのは2,3日後らしいです。あんたも派手に殴りましたね」

ハハハと乾いた笑いをしてルームミラー越しにマスタングを見る。

「あの程度で済んだのは奇跡だな、本来なら消し炭にしてやるところだ」

鼻息も荒くそう言うと、思い出したくもないと言った風に目を閉じてしまった。
それ以上何も言えなくなって、ハボックも黙りこくる。



マスタングの家の前に車を寄せると、明日の朝は俺が迎えに来るんでお願いしますねと言いながら車のドアを開ける。
促されるままに車を降りるとさっさと歩き出し、背を向けたままご苦労だった、帰っていいぞと言うとあっさりと家の中へ入っていった。
扉が閉まり、マスタングが見えなくなるとハボックは盛大な溜息と共にその場にしゃがみこんだ。
(やっぱりだ。・・・いや、今日はあんな事があったんだから一人になりたいのかも!?・・・いやいやいや・・・都合よく考え過ぎか?)

自分の思い過ごしならいいのに。今日の事があったからだといいのに。願う気持ちが多分に詰め込まれた考えはまるでランダムエンドレスのように頭を駆け巡っている。
ずっと座り込んでいるわけにもいかず、胸ポケットからタバコを出すと火をつけて車に乗り込んだ。凹んだ気持ちを浮上させようと行きつけの居酒屋に行こうかと考えたが、そんな気分にもなれず仕方なしにアパートへと車を走らせた。

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