宣誓〜ハボver

act.5


女々しいと思う。
答えを聞く前に怖くなった。
自分の気持ちがバレてしまったのかもしれないという恐怖。
もしも気づかれていないなら、何かしら気に入らない理由があるのだからそれはそれで言ってくれなきゃ分からない。
それなのに何も言ってくれない悲しさ。
解決策を見出せないままに一人屋上へと向かった。

上官がサボりに使う場所というのは実にサボりに適している。毎回探す場所が増える度に感心する。おかげで今、サボり場所に困らずこんな所でタバコを吹かしているのだが。
きっと今頃俺まで行方不明になって中尉は怒っているだろうな、なんてまるで他人事のようにぼんやり考えながら煙を吐き出した。
タバコを銜えたまま柵に腕を組んで猫背気味に顎を乗せる。

(こんなに避けられるのならいっその事ちゃんと気持ちを伝えてどこかに飛ばされてしまおうか)

己の立てた決心がぐらついた事に気付き自嘲の笑みを漏らす。

(そうだ、どうせなら役にたって死ななきゃな。今度テロが起きた時、無茶な作戦でも立てて自分を追い込んでみようか。上手くいけば生き残れる程度の望みしか持てない様な、そんな向こう見ずな作戦を)


次から次へとくだらない考えがめぐってくる。

(そんな作戦、一部隊を預かる自分に許されるはずない。わかってるさ)

ふと、心配をしてくれる人間がいる事を思い出す。そう、どうせ実行しない考えの癖に、と情けなくなった。
持っていた携帯用灰皿にタバコを押し込むと腕の中に顔を埋めた。

「俺の存在意義・・・消さないでくれよ・・・」

消え入りそうな、くぐもった声でぼそりと呟いたその時

「少尉」

誰もいないと、誰も来ないと思っていたのに不意に呼ばれて弾かれた様に振り向いた。そこに立っていたのは紛れもないマスタングだった。

(よく考えたらこの人のサボり場所なんだから見つけられて当然か・・・)

自分だけのサボり場所を見つけとくんだったなと思いながら柵を握って空を見た。
そうしてさっき呟いた言葉が相手に聞こえていませんようにと神頼みする。

「・・・ハボック」
「今度は俺が探されてるんですか?」

わざと大きな声で、しかし努めて語気を荒げないように。いつものやる気ないような口調になるように。

「わざわざあんたが来るなんて、俺ってば愛されちゃってますね〜」

軽口を叩いて平静を装う。

「でも大佐も仕事溜まってましたよね、戻りましょっか」

笑った顔を準備してもう一度振り向いた。

「!」
どん、と背中が柵に当たる。
驚きの余りどこに手を置けばいいのか分からずアタフタした。

「ちょっ・・・大佐!?」

ハボックの胸に顔を埋め、尚も腕に力を込めて抱きついてきた。
どうしたのか分からない。あんなに避けられていたのに今度は抱きついてきた。からかうような場面でもなかったはずだ。
それでもマスタングに抱きつかれて顔が赤らむのが分かる。嬉しさを隠す事ができない。こんな顔見られたら・・・!

(男って奴は・・・)

情けない顔で空を仰ぎ見た。
相手から伝わってくる体温で、体の表面からじんわりと暖かくなっていく。
その感覚に、あぁ、本当に抱きつかれてるんだ、と実感したら更にカァーっと顔が熱くなった。

(落ち着け俺!!)

頭を振って平常心!と心で叫ぶと、ようやくもう一度声をかけた。

「大佐・・・?どうしたんです?」

相手を宥める様に優しく問いかけると、ハボックの胸に額をこつんとあてながらようやく返事をされた。

「・・・すまん」

一言だけそう言われ、一体何に対しての謝罪なのか分からず、つい、へっ?と間抜けな声を出してしまった。

「何・・・」
「あんな顔させるつもりはなかったんだ。・・・八つ当たりしてたんだ。すまなかった」

ぽつりぽつりと紡がれる言葉に、ハボックの声が遮られた。
そして八つ当たりと目を合わせてくれなかった事が頭の中で繋がらなくて顔を顰める。
ちょうどその時マスタングが顔を上げ、タイミングの悪い事にその顰めっ面を見られてしまった。
マスタングはハッとしたようにハボックから離れてまた目を逸らす。

「大佐、もしかして事件の・・・?あ・・・でもその前からですよね?・・・・・どうして?」

自信なさそうに小さな声で問いかける。

「軽蔑してくれて構わない。私の下で働きたくないなら行きたい所へ飛ばしてやる」

辛そうな表情のままそう言うマスタングに、訳が分からないハボックは疑問をそのまま口に出した。

「俺が?どうして軽蔑を?襲われたのは不慮の事故でしょ?あんたが俺を軽蔑してる・・・んじゃなくて・・・?」
「・・・?どうして私がお前を軽蔑するんだ?」

会話がかみ合わない・・・。
互いに暫く首を傾げながら考えをまとめる。
マスタングが震える息を吐き呼吸を整えると真正面からハボックを見据えた。
余りに真っ直ぐ見つめられてハボックは思わず生唾を飲み込んだ。

「お前が好きだ」

目がマスタングから逸らせない。
息をするのも忘れていたのではないだろうか。
ハボックの様子をじっと見ていたマスタングはそれだけを言うとまた目を逸らし、そして話し出した。
「お前の女好きは知っている。お前に世話を焼かれるようになって暫くしたら自分の気持ちに気付いたんだ。
自分でも驚いたけど、どうしてもこの気持ちは大きくなっていって・・・このままじゃいつかお前にばれてしまうと・・・。
気付かれたくなくて自然とお前を避けていた。情けないよな、この私が」

最後は己を嘲るようにはっと笑って言った。
伺うように自分に向けられた視線に、ハボックはなんの反応も出来ずにただ唖然と立ち尽くしていた。

「私だってお前以外の男に言い寄られたら寒気がするんだ、何も望んでいない。安心したまえ」

病院送りにした男がいい例だろう?とハボックの隣に並んで柵へと手を掛ける。
どこか遠くを見つめながら淡々と話すマスタングをただじっと目で追っていた。頭が真っ白とはこの事を言うんじゃないだろうか。
全く考えがまとまらない。


なんて言った?この人はなんて?
俺を避けていたのは。
目を合わせなかったのは。
詰め寄った時に言い淀んだのは。


ゆっくりマスタングの方に体を向けた。
一通り話したかと思うとそのあとは黙りこくってしまったマスタングは、眉間に皺を寄せて少し思いつめた表情をしている。
さらり、と風が黒髪を凪ぐ。ハボックの視線に気付いてマスタングがこちらを向く。
まるでスローモーションだ。髪が、目が、唇が。
ドクリと心臓が大きく鳴ったのを喉の奥で感じながら、そーっとマスタングを抱き寄せた。

「ハっ・・・」

腕に力を入れて抱きしめる。マスタングの口から己の名前が不自然に途切れた。そしてやっとの思いで声を出した。

「好きです。大佐。嘘じゃないんですよね?」

大佐も俺のことを。

呟くように言う。
よほど緊張していたのだろう。喉はカラカラで、大切な言葉を言っているのに…ようやく伝えられた気持ちなのに・・・。発した声はひどく掠れていて聞き取りにくかったかもしれない。
そっと力を抜いてマスタングの顔が見えるように少し体を離す。
目を丸くしてハボックを見つめてきたその黒い瞳を、吸い込まれそうだと思いながら見つめ返す。瞬きを忘れたままずっと。今まで見つめ合えなかった分を取り戻すかのように、お互いただじっと見つめ合った。
あまりに長く見つめていて、少し不安になり思わず呼びかける。

「大佐?」
「今日は何月何日だ?」
「・・・もうすぐ冬ですよ」

マスタングの言わんとする事がわかり、可笑しそうにクスクス笑うと、改めてマスタングを見つめる。
もう一度ぎゅうっと体を抱き寄せた。抵抗のないその体は力が抜け落ちている。
そんな彼に、改めて彼から告げられた告白が真実だと分かる。実感したら泣きそうになった。想いが通じてこんなに感動したのは初めてだ。
マスタングの肩に顔を埋めながら耳元で、信じられないです。すっげー嬉しいっす。と小声で言う。
ピクリと体が強張ってハボックの背中に腕がおずおずと回された。
その暖かさに目を閉じて幸せをかみ締める。

どれくらいそうしていたんだろう。
マスタングにぽんぽんと背を叩かれて腕を緩めると、耳まで赤くなった彼と目があった。息苦しかったせいではないだろう。それを見た途端、また胸に熱く込み上げる気持ちに深呼吸した。
マスタングの額にやさしいキスを一つ落とす。

「大佐。俺だけを見つめててください。…ずっと…」

強請るようにそう言うと、さっそく目を逸らしながら憎まれ口を叩かれた。

「お前がそうさせればいいんだ」
「・・・Yes, sir」

頬を薄く朱に染めながらそう言った彼の顔を両手で包み込んで顔をこちらに向けさせる。

もちろんです。

そう囁きながらそっと唇を重ねる。
それは触れるだけのやさしい、やさしいキス。
薄く目を開けば、首まで赤が広がっている愛しい人が見えた。鼻の先が触れる位の距離まで体を引くと、顔を緩ませながら囁いた。

「誓いのキスです」

そうしてゆっくり目を開け、潤んでゆれる瞳を正面から見据える。
そこに自分だけが映し出されている事実に、また胸が熱くなる。

いつだって視界に入るところにいてやる。
そして自分から目を離せないようにしてやりますよ。
もう、絶対に逃がさないし、逃げませんから。

胸の中で確かめるように呟く。

だからどうか俺に笑ってください。
俺だけに見せる微笑をください。
俺があんたにそうさせてみせるから・・・

星に願うように、目の前の愛する人に祈りを捧げた。

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