甘い気持ち

act.2


「おや、いらっしゃい。いつもの奴かい?」

カランカランとドアベルを鳴らして店に入ると、店のおばちゃんが最近常連となったハボックに注文を聞く。
そこは今の現場から一番近い雑貨屋で、ちょっとした買い物に朝顔を出す事が多かった為顔を覚えられたのだ。
もちろんいつものモノとは彼愛用のタバコだ。

「あぁ、それと今日はこれにガス入れてほしいんだ」
「はいよ、ちょっと待っててね」

ハボックからガスのなくなったライターを受け取ると、火のついていないタバコを銜えた彼にこれでも使えと言う様に代わりのライターを手渡した。
店の奥に入っていく背中を見ながら使わせてもらいます〜と礼を言ってタバコに火をつけた。
いつものくせでライターをポケットにしまおうとして何かが手に当たった。

「あ、これ俺んじゃないんだった」

ナチュラルにパクる所だった、と思いながらライターと一緒に手に当たったモノも一緒に取り出すとそれは昨日部屋でマスタングから投げつけられたタバコだった。


そう言えばなくなったら吸うからってこっちのポケットに入れたんだっけ。


そんな事を思いながら見た事のない銘柄だなぁと改めてパッケージを見る。
よく見るとアメストリスでは使われていない、恐らくシン国の言葉が刻まれていた。
昨日は怒っていたため余りよく見ずにポケットにしまいこんでしまった事を思い出す。


お前にはこれがお似合いって…どういう意味だ? 大体、タバコを吸わない大佐がどうして外国のタバコなんて持ってんだか。誰かお偉いさんからの土産かな?


マジマジと見つめているといつの間にかガスを充填し終わったおばちゃんが戻ってきていた。

「あんた、それどうしたんだい。珍しいもん持ってるじゃないか」
「?これここでも扱ってんの?」
「なんだ、知らないのかい?
 シン国のなんとかって店でしか手に入らない曰く有りの一品だよ。
 シン国民ですら買うのにちょっと骨が折れるだろうねぇ〜〜。
 これ、いい人に貰ったんだろ?今日はバレンタインだもんねぇ」

にやにやと笑いながらそういうおばちゃんはしっかりやんな、色男vといいながらライターとタバコの包まれた紙袋をぽんと手渡すとバシバシとハボックの腕を叩いた。

「い!!痛いよ!
 …これ…もしかしてバレンタインに関係してんの?」

おずおずとそう聞くと更に面白がっているような笑みを浮かべて笑い声を上げる。

「これ、今シン国じゃー知らない人いないよ?なんたって今日の為に作られてるような…
 おっと、まぁとにかく吸ってみりゃー分かるさ。
 軍人さんも隅に置けないねぇ〜〜」

などと言いながらほほほと笑う。
どうしてここまでタバコでからかわれるのか分からずハテナを浮かべていると他に客がきてしまいそれ以上はそれについて聞けなかった。

仕方なく店から出て行くと紙袋片手にもう一度マスタングから貰ったタバコをマジマジ見る。
パッケージはどちらかと言うと地味で、白地に藍色を薄墨にしたような色でラインが引かれているだけの実にシンプルなデザインだ。
若者よりも年配者が持っていそうなパッケージに思わず顔を顰める。


これのどこがバレンタインよ??


書いてある言葉は全く読めないので何とも言えないがやはりどうしてもバレンタインに結びつかない。
でも手に入れ難いと言われると自分の為に用意してくれたんじゃなかろうか、と期待をしてしまうのも事実で。

そんな事を考えているといつの間にか特設のテントに着いていた。
中で司令部と連絡をとり終えた軍曹が敬礼をしながらハボックとすれ違い様に出て行くのを見送ると、テント内の机に紙袋を置いて深くタバコを吸い込んだ。
なんだか急にマスタングが恋しくなった。
きっとあの人の事だからまた分かり難い愛情表現をしてくれたんじゃないだろうかという期待が胸に込み上げてくる。
逸る気持ちに抗うことなく早速吸ってみようか、と短くなったタバコを灰皿に捻じ込んだその時、外から発砲音が聞こえた。

たった一発、乾いた音がしたと思ったその時思わずよろめいた。寄りかかった机は折りたたみ式の簡易机だった為ハボックの事を支えるどころか一緒になってひっくり返った。
ガタガタン!っと折りたたみ椅子にしがみ付いてまたそれごと倒れた。

目の前にはさっき買って来たタバコが紙袋からはみ出て転がっている。
誰かの叫ぶ声と近づいてくる足音を感じながら、やけに耳につく自分の呼吸音が聞こえた。




朝からマスタングは機嫌が悪かった。
にこやかに軍内の女性達に笑顔を振りまいてはいるものの、それとは似つかわしくない不穏な空気を同時に撒き散らしながら仕事をしていた。
今日は誰よりもこの司令部でチョコを貰うであろう部屋の主は部屋の片隅に中尉によって設置されたダンボールにチョコが山になって行く様を全く気になどしていない様子だった。

「あんなに貰っているのにどうしてあそこまで機嫌が悪いんでしょう?」
「さぁな〜欲しい相手からもらえないからじゃないのか?」

そういってチラリと本人に分からないように中尉を見る。

「中尉ならさっきみんなに差し入れでチョコくれたじゃないですか」

そう、中尉はチョコが元々好きでよく有名店やら有名人やらの店で買ってきて皆にも分けてくれる。
それがたまたまバレンタインなるものがあるから二月はその日に合わせて毎年美味しいチョコを差し入れてくれるのだ。
月に1度はあるこのチョコの差し入れを、同じくチョコが好きなマスタングは何気に楽しみにしていたりするのは周知の事実だ。

「だから、差し入れじゃなくてちゃんとほしいんじゃないかって事だよ」

去年も確か中尉は特定の人にチョコを送った話は聞かなかったしな、と視線を宙に泳がせる。
そんな事を気にした様子も無くテキパキといつものように仕事をする中尉が鳴り響いた電話にすばやく出ると一瞬顔色が変わった。
それを見逃さなかったブレダとフュリーは徐に立ち上がると注意の視線を向ける。

「そう、分かったわ。えぇ、また何か動きがあったら連絡を入れて頂戴」
「…何かあったんすか?人を配置しますか?」
「もう事態は収拾したそうだから必要ないわ。
ただハボック少尉が負傷、現在は病院で治療中との報告よ。
傷自体は大した事ないようだから手が空いたらお見舞いに行ってあげてくれるかしら?」

そう言い終わると同時に奥の部屋からマスタングが出てきた。

「中尉、これをセントラルに送って…どうかしたのか?」

固めの表情をした3人を見て、マスタングにも緊張が走る。

「いえ、事態は収拾したようですのでもう問題はないのですが…その際にハボック少尉が軽い怪我を負ったと連絡が入りまして」
「―それで。…問題はないんだな?」
「はい。大佐、そろそろ会議が始まる時間ですので準備をお願いいたします」
「あぁ…。」

もっと大騒ぎするかと思いきや意外にもすんなりと部屋に引っ込んでいったマスタングに思わず一同目を瞠る。
書類整理が大嫌いな彼が今日、大人しく仕事をしていたのだから絶対に現場に行く口実を言い出すと思ったのだ。

「とにかく大事ないとの知らせだったからみんな通常業務に戻って頂戴」

ホークアイの言葉に二人はイエス、マム。と返事をして自席に戻ると心配しても始まらないか、とそれぞれ仕事に戻っていった。



あいつ、一体どんな怪我したんだ。


さっきは咄嗟に何でもない振りをしようとしてすぐ部屋に引っ込んだが、やはりどうしても気になった。
しかしこの後控えている会議はこの程度の事で自分が抜けるわけにも行かずもやもやとした気持ちのまま準備を整えると中尉を従えて部屋を後にする。


自分には警護されろだの大人しくしていろだのと五月蝿く喚いていたくせに自分が怪我をしているじゃないか。


昨日別れ際にケンカした事もあり、その忠告を守る事に些か不満はあったがそれでもそれを実行しているのはみんなに…ハボックに余計な心配を掛けさせたくなかったからなのに。


「心配する奴がいないんじゃ…こんなの意味ない」

ぽつりと思わず口にしていた言葉に中尉がくすりと笑った。

「な、なんだね中尉」
「いぇ、少尉も災難だなと思いまして」
「どういう意味だ?」

今日、目立った逃亡をしないのも、大人しく部屋に引きこもって仕事をしているのも、恐らく全てはハボックに釘でも刺されているのだろうと予想をしていたホークアイは自分の仮説が正しかった事に分かりやすい人達だわ、と軽くため息を吐いた。

「少尉は現場の特設簡易テント内に居た所を、外で痴話喧嘩を始めたカップルのもみ合いに巻き込まれたそうです。災難でしょう?」
「?テント内にいてどうやって巻き込まれたんだ??」
「…実は止めに入った憲兵から男が銃を奪った為、もみ合った挙句はずみにより発砲。少尉は流れ弾にあたったそうです」
「そ!な!!?」
「肩を撃たれ、それ自身のショックと失血のショックから気を失ったようですが当たり所が良かった事と撃たれたのが軍の仮設テント内でしかも病院の裏手が現場だったので即搬送、弾も貫通で大事無いようです。
意識もすぐ回復し、撃たれた所以外は平常であるとの事です」
「だだっだが!撃たれたのだろう!?君さっきはそんな事一言も!!」
「大事ないとの報告があったからです。今ここを飛び出されては困ります」

言っていれば確実に脱走してでも病院に走っていくだろう上官の性格を見越しての判断にぐうの音も出ずパクパクと口を動かす。

「後で病院に送ります、大佐」
「本当に…大丈夫なんだな?」
「私だって心配なんですよ、少なくともまだ襲われていない人よりは」

ふぅ、と小さくため息をつかれたマスタングは少しばかりではなくショックを受けた。
そんな上官を見てくすっと笑うと

「さ、早く終わらせましょう大佐」

とたきつける様な事を言う。


本当に君は。私を良く分かっている。


心の中で白旗を上げると気を引き締め会議室へと足早に歩を進めた。



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