甘い気持ち

act.1


「お前どうせチョコなんてもらえないんだろ」

急にそんな事を言うから何の事かと目を丸くして声の主を見ると、いつにも増して人を皮肉った笑みを浮かべて自分を見ている。
あぁ、そう言えば「明日」はバレンタインだっけ、とぽんと頭の中で手を打つ。
とはいえもうすぐ日付はかわりそうなので「今日」と言うのが正しいのかも…。

「そりゃ昼中ずっと現場にいちゃもらえないでしょうよ」

ため息混じりにそっちが命令したんだと訴えてみたがやはり効果はないようだ。

「私のせいだとでも言いたげじゃないか。しかしそれはとんだ言いがかりだぞ」
「はいはい、分かりましたから早くその手を動かしてくださいよ。
 サインがなきゃ明日機材の持ち込み出来なくなるじゃないっすか」

第一自分はもうすでに今日の分の報告書までやり終えていると言うのに警護の為に仕事が終わるのを待たされているのだ。
この不敵に笑うロイ・マスタング大佐の事を。

「明日はアンタの警護も大変でしょうねぇ。司令部内でも気を抜いたら刺されますよ」
「モテない男の僻みには慣れている。それより…」
「それより!早く手を動かしてくださいって。
アンタが終わらないと俺だって帰れないんすよ?
それと。明日アンタはしっかり大人しく警護されてくださいね」

ここはきっちり言い聞かせておかないとこの人は近づくのが女であれば拒まないだろうと釘を刺す。テロリストだってきっとこういったイベント事を隠れ蓑に動くに決まっているのだ。当人だってそんな事百も承知だろう。

…けどこの人は女に甘いんだ。
敵が女なら手加減するかもしれないとさえ思わされるほど。
本当なら自分と付き合っているのだからそんなイベントでチョコを自慢されて怒っても良いんじゃないのか?俺。

そんな事を考えながら不機嫌を顕わにマスタングを見るとますます笑みを深くしている。

「…そんなに楽しみなんすか?」

本当に頭にくる。
どうしてこんな風に腹を立てなくちゃいけなんだ。

「愚問だな。美しいご婦人達に好意を持たれて嬉しくないはずなかろう。お前だってそうだろう?」

確かに。確かに悪い気はしない。
そうだけどそれを…一応恋人である自分に嬉々として語るのはどうかと思う。
そうしながらこっそりチョコを用意してある自分に腹が立つ。
甘いものが好きなこの人の為に―。
もちろん女性ではないし、なりたいと思って真似をするわけじゃない。
好きだと言う気持ちをこうやって伝えるのもいいかなと思ったんだ。
それに何より後々へそを曲げられては痛い目を見るのが自分だと分かっている事も理由の一つだ。
ちらりと時計を見ると針はすでに12時を過ぎていた。
カタリ、と席を立つと腰の薬莢入れに忍ばせておいたチョコに手をかける。

「アンタは。
…アンタは…貰う専門なんすね。」

そう言えば少しキョトンとしたかと思うとすぐにまた意地の悪そうな笑みに戻る。おまけに鼻でふふんと笑う始末だ。


この人は本当に自分を好いてくれているのだろうか。
女性が、好きな相手にチョコを贈るイベントを嬉しそうに自分に語るこの人は。

惚れている事が悔しい。


机を回り隣まで行くとぐいっと顔を包み込んで上を向かせ、徐に顔を近づける。

「ま、待て!こっこれを…」

慌てるマスタングを見てわざとにやりと笑うとじたばたしながらぎゅっと目を瞑ってしまった。
変な所でウブなんだよな、と緩む顔を抑えれない。
あぁ、本当に…惚れてるってのは立場弱い。

「ロイ…」

囁いてからちゅ、っと額にキスをする。
きっと口にされると思って目を瞑ったのだろうからちょっとしたイタズラ心だ。
成功したそのイタズラにニンマリ笑って顔を離すと、目をパチパチさせるマスタングに隠していたチョコを彼の唇に押し付ける。

「俺からの愛のプレゼントっす」

あからさまにかぁっと顔を赤くして怒るマスタングをニヤニヤ見下ろすと何かを投げつけられた。
寸でのところでそれを受け取るとそれはタバコだった。

「お前にはそれが似合いだ!仕事も終わった!!早く車を回してこい!!」

チョコを渡したのに怒ってこの仕打ちは酷くないか?とむっとして口を尖らせる。

「大佐、大佐も俺にチョコくれてもいいじゃないですか。もしかしてないんですか?」
「そんなもの用意してない」

ぷいっとそっぽを向いてコートに袖を通すマスタングを後ろから睨みつける。

「おい、早く車を回せ。明日の為に睡眠を摂らなければならんのだからな」
「…誰の残業に付き合ってたと思ってんですか」
「だからもう済んだと…」
「はいはい、明日の為にお肌の調子を整えないといけないんでしたね」
「おい、そんな事…」

何か言っている大佐を置いて部屋を出る。
足音荒々しく車庫に行き車を門前に回すとマスタングが待っていた。
後ろの座席に乗せてしばらく走らせると、感情を隠したような不自然な表情で話しかけてきた。

「お前あのチョコどうやって手に入れたんだ?連日現場に詰めてるお前に有名店の限定チョコなんて…」
「どうせ明日誰かに貰うチョコのが希少価値も値段も高くて美味いもんが多いんでしょうけどね」
「そんな事…」
「分かってますよ、当たり前だってんでしょ?」

イライラしながらタバコに火をつけるとムッとした声が聞こえてきた。

「お前、何を怒っている。それにさっきのタバコはどうした」
「これ無くなったら頂きますよ、折角アンタが珍しくくれたものですからね」

胸ポケットにしまってある吸い掛けの箱をぽんと叩いて『珍しく』という部分を強調して言うと、更に眉間に皺を刻み込んでもういい!とどっかりと座り込んでしまった。
バックミラー越しにその様子を見たハボックはふん、とそれを受け流した。
ちくちくと刺すような物言いをした自覚はあるがそうさせたのは向こうだ。
いくら惚れていても…いや、惚れているからこそ独占欲が出るというものだろう。
明日、女というだけで堂々とこの人にチョコを渡し、それを極上の笑みでこの人は返す。
そう思うだけで嫉妬心が沸くのはそれだけこの人を独り占めしたいからだろう。
贅沢な欲だと分かっているが晴れて両思い…なはずなのだからそれ位思うのは許されるはずだ。
ただでさえ同性の自分はマスタングの恋人である事に自信を持てないでいるのに、この人はそれを知ってか知らずか今日の様に意地の悪い顔してからかうんだ。

マスタングの家へ着くとハボックにドアを開ける隙を与えず勝手に降りたマスタングにハボックも慌てて車を降りた。

「ちょ!ちょっと!こういう時が危ないって司令部で言ったばっかじゃないっすか!」
「うるさい!近所迷惑だろう!ご苦労だったな、少尉。君も早く帰って休むがいい」

振り向きながらどっちが近所迷惑だと言わんばかりに怒鳴ると、返事を待たずにばたんとドアを閉めてしまった。

「な…」

わなわなと手を握り締めると壁にそのままたたきつけた。
今更始まった事じゃないと自分を抑えてみたが余りの態度に怒りが込み上げる。
打ち付けた手が痛むはずなのに興奮しているせいか全く気にならない。
マスタングを心配してこその忠告を無視し、更に恋人から渡されたチョコに対して礼すらなく、自分は相手にチョコをもらえないのが当たり前と言わんばかりの態度をとられて…こんなに遅くなったのだって自分のせいではないというのに。

くーっ!!っと頭を抱えて空を仰ぐと勝手にしてくれ!と吐き捨てて車に乗り、キーをまわした。




>>中



すんごい季節外れなネタですんません…orz
このネタ考えたのがすでに2月末とバレンタイン過ぎてからでした^^;
サイト立ち上げんのも遅かったからこんなにずれてしまいました><←恥の上塗り;
タイムリーなネタ…!えと!今からクリスマスとか考えようかしら!!←早いw