宣誓〜ロイver

act.1


ダメだ・・・全然頭が働いてくれない・・・

ぽかぽかと暖かい日差しを背中に感じながら、ぼんやりと視線だけは書類へと落としていた。
今日は自分にしては珍しく、面白くもないデスクワークに朝から精を出していた。にも関わらず一向にその山は減ってくれない。
息抜きをしようと振り返ってしまえば嫌でも清々しい程の青空が目に入る。
その事実を思い出して顰め面をすると目を閉じた。
自分でも気付かず溜息を吐く。

「失礼しま〜す」

聞きなれた声にピクリと体が強張るのがわかった。そして許可をする前に開けられる扉を、わざと無視する。
勝手にドアを開けたことに全く悪びれる様子もなく規則正しい足音が近づく。
顔を上げたい気持ちをぐっと抑えて、目を落としていた書類を睨みつけた。

「大佐、これ急ぎなんでサインください」

ふわりとタバコの匂いが鼻を翳める。
部下であるハボックがいつも吸っているタバコの匂い。
目を合わせることが出来ずに黙って机を指差した。そんな自分の態度に、ハボックは別段気を悪くした様子もなくただ困った、といった声をあげた。

「あー…申し訳ないんですけどこれ今すぐ提出に行かないといけないヤツなんですよ」

だから、と更にずいと自分の視界へとねじ込まれた書類に、仕方なく視線を向けた。見たところ急ぎとはいえ大至急といった書類ではないようだ。こんな気分の時にわざわざ持ってくるな、と勝手な文句を心の中でぼやくと軽い溜息と共に背もたれに背を預ける。
そして顔を正面へと向けると、目を合わせずに済む様目を閉じ、それを誤魔化す様に不機嫌な顔をした。

「ハボック小尉、急ぎの書類はそれだけではないんだが?」
「水道管の処理に小隊を手配する書類ですからホントにサインだけです」

急かされて持って来た奴なんでお願いしますよ。
情けない声を出すハボックにマスタングは少々乱暴に部下の手から書類を引ったくるとサッと目を通してサインをし、スッと差し出した。

「Thank you, sir.」

ハボックはそれだけを言うと、後は何も言わずに部屋を出て行った。

その背中を名残惜しそうに見送ると、ハボック、と呟いたが、その声は扉が閉まる音にかき消された。
暫く呆けた様に座っていたが、くるりと椅子を180度回転させると窓の前にゆっくりと立ち上がった。
穏やかな日差しはどこまでもやさしく自分を包んでくれる。体が温められていく感覚に、イライラとした気持ちが少しだけ解されるのが分かる。
しかしそれと同時に青い、どこまでも青い空に込み上げてくる気持ちを抑えられなくなる。

(そこに確かに在るというのに、手を伸ばしても届かない所までソックリだな・・・)

己を嘲りながら一人ごちる。
ホークアイが戻ってくる前に多少は書類を進めなくてはと理性は訴えるのに体が一向にいうことを利かない。窓に手を掛けてただただぼーっと空を見上げていた。


「大佐」
「な、ノックぐらいしたまえ!」

一体いつの間に部屋に入ったのだろう?ハボックが手にカップと皿を持って机の前に立っていた。
慌てて椅子に座り、仕事に戻る振りをした。そんなマスタングにハボックは少し意外そうに聞いてきた。

「しましたよ、ノック。どうしたんです?ぼけっとしちゃって。寝不足ですか?」

コーヒーとクッキーをほら、という風に持ち上げて見せられ、視界には入っていたが、気付かなかったクッキーに意外と腹を空かせていたことを知らされる。見覚えのある好物に思わず期待するような顔をしてしまった。くすりと笑われた気配がして、むっとして眉根を寄せた。
カチリ。
ライターの音と共に紫煙が立ち込め、嗅ぎ慣れた匂いに穏やかな表情になる。

「とにかくそれ食べて書類片付けてくださいね、でないと中尉に的にされますよ」
「・・・今日は脱走していないぞ」

さっきから書類と向き合っている事を知っているくせにと思い、言い返した。しかし仕事が進んでなきゃ一緒ですよと呆れ笑いしがなら言われて言葉を失う。確かに今日は書類と向き合ってはいるが一向に進んでいない事を自覚している。 全く、誰のせいだと思っているんだ、と口の中で文句を言うとクッキーに手をつける。

「それじゃこれから俺外回りなんで、ちゃんと逃げないで仕事してくださいよ」

さっきのように投げかける様な口調でそう言うとパタリと扉が閉ざされた。扉の前から動き出さない足音におや?と思うと同時にカツカツと勢いよく歩き出した音が廊下に響き渡った。
これで今日はもうあいつに会わずにすむ。あの水道管の処理はそう簡単に終わる代物ではなかったはずだ。
安心する気持ちと寂しいと思う気持ちが同時に押し寄せてきて複雑な感情にまた、溜息した。

あぁ、もうすぐ中尉がきてしまう。きっとキレイな眉を引きつらせて新たな書類を携えつつ咎められるのだろう、と数十分後の自分を想像して落胆した。



「失礼します」

きびきびとした声と、それにふさわしいはっきりとしたノックがされる。
入りたまえ、と言うともう一度失礼しますと言ってホークアイが入ってきた。そして追加の書類です、と机に新たな山を作り上げる。うんざりと書類を見上げるマスタングにホークアイが心配そうに声を掛ける。

「どうしたんですか大佐、どこかお体の調子でも悪いんですか?」

目をぱちくりとさせながらなぜだ、と聞くとあっさりとクッキーが残っていますと言われた。
そんなに食い意地はっていないぞ、とむぅっとしながらふてくされる。

「ですが何かあったのは確かなのでしょう?今朝から少し様子がおかしいように思います。どうしてもサインのいる書類はこれだけになりますので、それだけサインして今日はもう退室なさった方が・・・」

そこまで言われて苦笑いを浮かべる。ホークアイは敏い人間なので、彼女が気付いたとしても他の人間が気付いているとは限らない。しかしそう思う反面、そんなにおかしい態度をとってしまっていたのかと思い知り、ハボックにももしかしたらばれてしまったんじゃないだろうかという不安が胸をよぎった。

「中尉、心配はいらん。少し考え事をしていただけだ。・・・だが、ありがとう」

副官の気遣いに自然と顔が綻んだ。ホークアイはその様子を見届けると、安心したように穏やかな笑みを返し、それでは失礼いたします。と言って部屋を出て行った。
大丈夫とは言ったがこのままのペースでは定時に終わりそうにないなぁとポリポリと頭を掻くと、気合を入れるようにペンを握り書類と格闘すべく体を起こした。

ようやくサインし終える頃にはもうすっかり日も落ちていた。痛む手首をさすり、うーんと伸びをするとコートに手を掛けて帰り支度をする。
俄かに隣の部屋がにぎやかになり、誰かきているのだとわかる。

(誰でもいいさ、とにかく帰って熱いシャワーを浴びたい・・・)

そう思いながら扉を開けると、二人の少尉が仲睦まじく戯れていた。…ようにマスタングの目には映った。

「お疲れ様です、まだいたんですか?」
「お疲れ様です。大佐も何か言ってやってくださいよ、きっとこいつが通って来た所埃まみれになってますよ」

上官に対してとんでもない口を利くハボックに、またシャワーも浴びずに外仕事から戻ったのか、と思いながら嘆息する。見ればいつにも増して髪をボサボサにさせて、まるで寝癖がついているようだった。すぐに目をそらすとホールドアップしたまま振り返ってマスタングを見るハボックの視線を感じた。

「シャワーぐらい浴びてからここに来い」

思わず微笑んでしまう顔をなんとか見られないようにさっさと背を向けると、聞こえないようにしょうのない奴だ。と呟きながら部屋を出た。

確かブレダ少尉は夜勤だったな、ハボックは水道管に相当梃子摺ったと見える。
くっくと軽く肩をゆすって笑うと、良いものが見れた。と上機嫌で遅くなった食事を軽く済ませようと馴染みのバーへと足を向けた。

<<2