小さな幸せ

act.1


ふと目が覚めた。

「・・・(やばい)」

起き上がろうとしたがその緩慢な動きは寝ぼけているのか、のろのろとしている。
やっとベットの上に座り込んだと思ったらそこで動きを止めてしまった。

「・・・・〜〜〜・・・(汗)」

やっぱりだ。声が出ない。
昨日は土砂降りの中強盗事件が発生し、突入部隊を引き連れていたハボックは冷たい雨にほぼ半日はさらされていたのだ。
ようやく犯人も逮捕され、隊員の無事を確認したが自分には事後処理が待っていたためすぐにシャワーを浴びれなかったのが原因だろう。

(はぁ〜〜・・・あいつらは大丈夫だったかな。)

一緒にずぶ濡れで任務に当たっていた部下を心配する。そうしてまたベッドとお友達になる。とりあえず電話をかけたいが声が出ないのでどうしたものかと考えた。
緊急と心配させるかとも思ったが他に方法を思いつかなかったハボックは躊躇いがちに受話器を上げた。



「あぁ、わかったわかった!声がでねーんだな?
全く!さっさと撤収してシャワー浴びねーからだぞ。
あ?・・・気色悪ぃーよ!
あぁ、風邪は分かったって。とにかく上には伝えといてやるからちゃんと薬飲んで大人しく寝てろよ」

それじゃぁ、と言って電話が切られる。

(はぁ〜〜通じてよかったーー!!)

胸を撫で下ろしてため息をつく。その息が思ったより熱を持っていて驚いた。
ハボックのかけた電話は司令部ではなくブレダ少尉の自宅へと繋がった。
司令部では交換手にまず喋らなければいけないからだ。上ずった声でも出たらそうするのだが今日のハボックは掠れ過ぎて声帯が全くと言う程震えなかった。

(こんなの初めてかも・・・)

そこで士官学校時代に習ったモールス信号で何とかブレダと会話をしたのだ。見かけとは裏腹に頭の切れる親友の事だからきっと気付いてくれる!と一縷の望みをかけてとった行動は晴れて実を結んだのだ。
元々頭脳戦がからっきしで体力勝負が得意なハボックだったが伝達手段だけは必死になって覚えたのだ、戦場で生き残る為に。
それがまさか欠勤の言い訳の伝達手段となろうとは・・・とガックリと項垂れながら言うことを聞かない体をなんとか引きずってキッチンへと向かった。



恐らく自分が思っているよりも熱が高いのだろう、鼻の奥と目の奥がどんよりしている。ボーっとして頭が回らず、その為カナリ動きが鈍い。首の座らない子供のようにふわふわと頭が揺れている。体の節々も軋むように痛んでいた。

ガシャン!!

薬を飲もうと汲んだ水を、薬のゴミを捨てようと立ち上がった時に手がコップに引っかかり大きな音を立てて倒れた。
倒れたついでに勢いがよかったのか軽くひび割れてしまった。
更にゴロゴロとコップは転がり、床へとダイブを果たす。

(うわぁ〜・・・水浸し・・・キレイに砕け散ったな、コップ)

あ、と思った時にはもう落下を始めていたコップはもはや跡形もなく、無残な姿になってしまった。
片付けなければとは思うがどうにも動けない。
しかしそのままってのも・・・とちょっとかがんでみた。朦朧とした頭で距離感はめちゃくちゃに脳内変換されており、さっそく予想通り指をサックリと突き刺してしまった。
他人事のようにぼーっとしながら痛いなぁ、と指を見る。思ったより血が出てきたが深くは刺さなかったようだ。
ぽた、と一滴血が垂れた。
床に水と共に散らばってしまった大小の破片を掻き集めるには今のハボックには到底出来ない相談だった。
しばらく床にぺったりと座り込んで、ポタポタと机から垂れ落ちてくる水を眺めていたが急にブルリと震えて目眩がした。

(ダメだ、悪寒が・・・)

何とか今日一日で回復したいと思っていたハボックはコップは明日片付けようと考え、破片のない所へ両手を突くと重たい体を持ち上げベッドまでふらふらともたつきながら戻っていった。
そのままバッタリと倒れこむと、朦朧としている意識を手放した。




「何、風邪だと?」
「えぇ、今朝電話があったんですよ俺んちに」
「・・・なぜ司令部に直接かけないんだあいつは」
「声が出ないって言ってましたけど」
「ほー・・・。話せない相手とどうやって電話で会話をしたのかね、ブレダ少尉」

マスタングは定時になっても現れないハボックを探してホークアイに連絡はなかったかと聞いていた。そこへ今朝当の本人から電話を受けたというブレダが報告をしにやってきたのだ。

風邪と聞いて昨日の天気と事件を思い出したマスタングは、バカは風邪を引かないのに、などととんでもなく失礼な感想を持った。
しかし、よく考えるとどうして自分の所に電話をしてこなかったのかとむぅっとしながらブレダを威圧する。
ブレダはそんな上司から恐々と目を逸らすと、電話を寄越した相手に「頼むから俺を巻き込むなよ!」と心の中で叫んだ。

「実はですね・・・俺も最初はイタズラかと思ったんですけど。
あいつモールスで話してきたんですよ。受話器の口をトントンって。雑音かと思ったけどよーく聞いたらモールスだったんです。それで・・・」
「バカな!!それで伝言は?一字一句間違えずに思い出せ!」

急にそう叫んだ、なんだか尋常でないマスタングにびっくりしてホークアイとブレダは目を見合わせた。
ちょっと申し訳なさそうに、それでいて困った様に口の端を引くつかせながらブレダは電話の内容を一字一句間違えずに復元した。

「『ブレダー、ハボックだよ。分かる?俺だよ。あぁ〜〜待て待て待て!切るな!俺だってば!ハボックだよ!ハボックです!!気付いて!お願い!!!
あぁ!よかった〜〜さっすがブレダ!気付いてくれてサンキュー!!愛してるよ〜〜!
実は俺風邪引いたみたいで喉やられちゃったんだよ。熱もあるみたいで体動かねぇし今日は休むからそう中尉に伝えてもらえないか?
あぁ、そうだな、薬だけは飲むよ。じゃぁよろしくな』・・・以上です」

フュリー曹長が肩を震わせて笑っているのが分かる。ホークアイ中尉も無表情はいつもと変わらないが、ちょっと呆れた空気を感じるのは気のせいではない。
一番呆れていたのはマスタング大佐だった。
あんぐりと口をあけて目が点になっている。

(・・・心配したんだろうなぁ、モールスなんて・・・哀れだ)

最近恋人同士になったこの上官と親友の関係に気付いているブレダはさっきの慌てようは何かあったんじゃないかと思ったからなのは容易に想像出来たが、心配ない事を伝える前に切羽詰って怒鳴られたのでとりあえず命令に従ったのだ。

しばらく部屋に充満していた微妙な空気はマスタングの咳払いと共に霧散した。

「そ、うか。うむ、分かった。勤務に戻ってくれ少尉」
「アイ、サー」

ギコチなくブレダにそう言うとマスタングは気まずそうに執務室へと入っていった。
すると後に残された面々は口々に思っていても言えなかった事を吐き出す。

「大佐も苦労するわね、もう少し恋人は選んでほしいわ」
「(やっぱ気付いてたか)でもあそこまでするからには全く声、出ないんでしょうね」
「しかしハボック少尉でも昨日の雨には勝てませんでしたか。ずっと外で様子を伺いながらの待機でしたからね」
「気の毒とは思いますけど、ブレダ少尉のさっきの再現が・・・そっくりで・・・」
そう言いながらまた笑い始めて震えだしたフュリーをファルマン准尉が背中をさすってなだめた。
ホークアイ中尉は皆に仕事に戻るよう声をかけると大佐のいる部屋へと入っていった。


          >>中



やっておいてなんですが・・・
モールスって普通は紙に書きとめたりしてから解読するものですよね・・・
いえ、達人はきっと分かる!←そうなのか?
ブレダは頭良いから大丈夫!!←おぃ;w
って事で今回は許してくださいorz(おばか;)